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ニキビ対策に効果的と話題のクリーミューですが、

やはりお肌は白く透き通っている方がいい。

それは昔からよく言われている事なのだから仕方ない。
 

色白は七難隠す

平安時代から、女性の美しさは白い肌であり、その価値観は、時代が変わっても不変のものでした。

色白は七難隠すという言葉は、江戸時代から使われ始め、色白肌の価値を言い表したものです。

この七難を広辞苑で調べると、仏教用語で、火難、水難などの七種類の災難を意味すると書かれています。

色が白い肌は、それだけいろいろな欠点を補うだけの価値があるということで、古くから美人を一言い例える言葉として使われてきました。

その価値の中に平安時代から延々と白粉が使われ続けた所以があるのでしょう。

逆を言えば、それだけ色白の肌は希少価値があったと言えます。

「都風俗化粧伝」(高橋雅夫校注一平凡社)では。

一八二二年(文化十年)に書かれた「都風俗化粧伝」(高橋雅夫校注一平凡社)頭書には、

「人生まれながらにして三十二相揃いたる美人というはいたって少なきもの也。化粧の仕様、顔の作りようにて、よく美人となさしむべし。その中にも色の白きを第一とす。色の白きは七難隠すと、諺にいえり。」と書かれています。

また、一九O八年(明治四一年)に書かれた徳田秋声の「美人と美人系」(「徳田秋聾全集」第一九巻、八木書庖)の中では、「顔の色。雪白なのが可い。よく、薄黒いのが如何だの斯うだのと云ふが、併し真の美人の要素となる色は恐らく雪白の他には無い。薄黒いのは、単に美など云ふ方面から見た許りでなく、幾分実際的方面、乃至は幾分好奇的方面から来たことであらう。雪白な皮膚にホンノリと血色の浮かんだ、そして表情的な処が如何にも健康さうな美人の身上だ。古いが、色の白いのは七難隠すとさへ云ふではないか。」

と言っています。

泉鏡花の全集第二八巻の「白い下地」(岩波書庖)でも。

さらには、一九四二年(昭和一七年)に書かれた泉鏡花の全集第二八巻の「白い下地」(岩波書庖)では、

「色は兎角白が土台になる。これに色々な色彩が施されるのだ。女の顔の色も白くなくっちゃ駄目だ。女の顔は浅黒いのが宜いというけれど、これとて直ちにそれが浅黒いと見えるのではなく、白い下地があって、初めて其の浅黒さを見せるのである。色の白いは七難隠すと、昔の人も言った。〈中略〉まったく色が白かったら、よし、輪郭は整って居らずとも、大抵は美人に見えるように思う。」

と時代は違うけれども、「色白は七難隠す」の諺を用いて、同じように色白の肌を美人の条件とし、称賛しています。

昔から色の白い肌は七難隠すほどに希少価値があったのでしょうか。

それには日本人の肌ならではの明確な理由があるのです。